予定通り、前回の一度目の子宮筋腫核出術同様、
開腹することなく、無事に日帰り手術にて、
子宮筋腫が摘出されました。

しかし、付き添っていた家族に見せられた筋腫は、
前回の梅干(小梅)の種みたいなものとは違い、
マイタケのようなグレイがかった変な色をしたものが、
いっぱいフワフワ浮いていたので、

先生に、

 「前回とはちょっと色が違うんですね」と言って聞いてみたら、

先生は、

 「そうですね」と言っただけで、特に何も言わなかったそうです。


  :筋腫の顔が悪い=表面が壊死している=グレーのマイタケ状のもの=肉腫
  :と、今になって思えば、
  :先生は手術する前から気づいていたんだなと思いました。


私は、そのことを家族から告げられたとき、

 「ああ、そうなんだ」

ぐらいにしか考えてもいなくて、
手術も2回目だし、なんか妙に慣れちゃって、
余裕で術後10日後の術後初の診察日まで、
普通の生活をして過ごしていくのでした。

まだ、このときは、自分に最悪の事態が近づいていることに、
まったく気づいていなかったのでした。

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2007.09.21 Fri l 子宮筋腫 l コメント (0) トラックバック (0) l top
1回目の子宮筋腫核出術を行ったのは1999年5月。
ナサニール点鼻薬の使用もやめたので、
通常の生理が始まりました。

その同じ1999年10月ぐらいから、
生理のときの出血量が増えたような気がしてきたのです。

11月になると、周期に関係なく出血するようになっていました。
ようは、生理期間中以外にも出血が続いていた状態ということになります。

12月に入ってすぐ、仕事場で、ものすごく激しい出血があり
(30分でナイト用が満遍なく染まってしまうぐらいの量)、
大量出血が止まる気配がないので、
お昼で帰った日がありました。

そして、2000年1月中旬のある夜、
ものすごーーーーーい激痛が下腹部に走り、
失神寸前の状態で倒れました。
が、1時間ほど痛みに耐えながら横になっていたら、落ち着いてしまいました。

しかし、その翌日になって、トイレに入って紙で拭くときに異常に気づくのです。
何かゴルフボールぐらいの大きさの硬いものが触れるのです。

これは何か異常な事態になっていると思い、
2月に入ってすぐに病院に行きました。
再び筋腫ができていたのです。

しかも、あの痛みは、あとになってわかったのですが、
「筋腫分娩」といって、粘膜下筋腫の茎が長く伸びて、
筋腫が子宮口から飛び出してしまったことによって起こったものだったのです。

筋腫が子宮の外に飛び出る瞬間に、
陣痛のような痛みと大量の出血を伴うことが多いそうです。

翌週、腹部MRI撮影と骨塩量測定装置で骨量を測りました。
特に、骨量も激減している様子もないので、ナサニールを使用できる事になり、
2月末の診察の時に、ナサニール点鼻液を再度使い始めるということが伝えられました。

3月中旬になって、また診察をしました。
「筋腫の顔が悪いですねぇ・・・」
という先生の言葉。

顔が悪いというのは、表面が壊死を起こしているということだそうです。
筋腫が崩れかかっているので、前回と同じ、筋腫核出術で、
筋腫を摘出しましょうということになりました。
これで再発したら、
2007.09.21 Fri l 子宮筋腫 l コメント (0) トラックバック (0) l top
日帰り手術日当日

日帰り手術が終わり、手術日当日帰宅し、帰宅後すぐに床に横になる。

麻酔を体外に放出させる目的での深呼吸を行っているうちに、ちょっとウトウト。

排尿痛、下腹部痛があり、薄い赤い出血が少量あり、
軽い尿失禁でもしているのかな?という感じで、
なんとなく体から尿のニオイがするのが、気になりました。


  こういう風に、日帰り手術後には、
  やはり、いろいろ体の変化が起きるわけで、
  生理用品をあてておいて、よかったにはよかったのですが、
  軽い尿失禁のようなものが起こりうるかも?
  ということを教えてもらっていれば、
  ネピア インナーシートなどのような、
  軽失禁用のシートを買っておけたのになぁ...
 
  まあ、人によって、術後に現れる症状はいろいろだから、
  病院側としては、一般的に起こりうる術後の症状しか教えてくれないしね。
 
  骨盤内の大きな手術後に膀胱の容量をこえた尿があふれ出すとかっていう、
  「溢流性尿失禁」だったのかなぁ...?
  次の診察日までには、おさまっちゃったから、
  結局、先生にも相談しないままにしちゃいましたけどね(^^;



術後2日目

日帰り手術センターの看護師さんから電話をいただけることになっていて、
2007.09.18 Tue l 子宮筋腫 l コメント (0) トラックバック (0) l top
1999年5月中旬に、
<子宮鏡下筋腫核出術>
(子宮の中に細いカメラを入れて子宮内にできている筋腫やポリ―プを切除する方法)
という方法での手術を、日帰り手術センターで実施することになりました。

手術前の音函からの質問に対しての先生からの回答

・費用は10万ぐらい。

・かかる時間は、最初の処置から病院を出るまで、4~5時間。

・ナサニール点鼻液の使用は手術の行われる5月に使い切って終了。

・1ヶ月後ぐらいから、生理が再び始まる予定。

・術後の痛みは人によって違う。

・出血量については、輸血の可能性も無いわけではない。

・麻酔は腰椎または全身麻酔で、麻酔科と相談をして決める。

・術後は、麻酔から覚めた状態なら、歩いてトイレに行ける。

・抗生剤の点滴の可能性もある。

・術後、おりものが2~3週間続くことがある。 それ以上続く場合は注意。

・筋腫が再発することもある。

・術後初めての診察は10日後。

質問に全て答えていただけて、不安な気持ちは、かなり軽くなりました。
なにせ、麻酔やら手術というものの体験をするのが初めてだったので、
2007.09.18 Tue l 子宮筋腫 l コメント (0) トラックバック (0) l top
いよいよ、子宮筋腫に対しての治療が始まりました。

先ず、何を始めたのかといいますと、
1998年10月末日から、ナサニール点鼻液という薬を使用開始しました。
鼻に噴霧するタイプのものです。

このナサニール点鼻液という薬によって、
女性ホルモン(エストロゲン)をおさえることで、人工的に生理を止めて、
筋腫を小さくしていきます。

ただし、ナサニール点鼻液を使ったからといって、
完全に筋腫を「ゼロ」にしてしまうことは出来ないのですが、
生理は、ほぼ止まりますので、大量に出血していたことや、生理痛からは、
解放されました。

ナサニール点鼻液の使用注意事項として、
6ヶ月以上の長期間にわたる使用は出来ないんだそうです。

それは、女性ホルモン(エストロゲン)を止めてしまうことによって、
人工的に生理が止まるということは、イコール、人工的な更年期障害が起こるわけで、
その更年期障害のひとつに、骨がもろくなってしまうというものがあります。
なので、ナサニール点鼻薬を使い続けてしまうと、
骨粗しょう症の症状が出てしまうことが、大きな要因のようです。

ナサニール点鼻液を使い始めて、数ヵ月後に、
きちんと生理が止まり始めた頃だったと記憶していますが、
1998年12月末日に、ヒステロスコープという、
子宮鏡内視鏡カメラで、子宮内部を検査することになりました。

しかし、この検査の前に、子宮口を薬で広げなければならないのですが、
なかなか広がらず、とても痛い思いを4時間ほどしました。
朝9時から子宮口を広げる薬を子宮口付近に入れていくのですが、
結局内視鏡検査を12時開始予定が、1時間遅れになってしまいました。

いよいよヒステロスコープによる検査が開始となりました。

先生や看護師さんの指示どおりに、口から息をハァ~っと出したり、
息を吸ったりを繰り返しながら、かなりの痛みに耐えながら、
なんとか検査も終わりに近づいたとき、
急に手がしびれてきて動かなくなってきたのです。

なんとそれは、過換気症候群(かかんきしょうこうぐん)になってしまっていたのです。

「酸素の取り込みすぎ」によるものと考えられていて、
あまりの痛みに耐えるために、激しい呼吸をくり返したため、
血液中の酸素が増えすぎて、手がしびれて動かない症状がでたようです。

看護師さんが、紙袋を鼻と口の両方を覆(おお)うようにあてがってくれて、
自分が吐き出して袋の中にたまった炭酸ガスを再び吸い込む、
というのを繰り返しているうちに、呼吸が楽になってきました。

どうも、一つ目の病院での最初の激痛がトラウマとなっていて、
婦人科の診察は痛いというのが頭から離れなくなってしまっていたようです。

なんとかヒステロスコープ検査も無事に終了し、先生からの話を聞くことになりました。

子宮内にある筋腫は、目で見る限り、ごく通常の筋腫(良性ということです)で、
もう少しナサニールを使っていけば、大きさも縮小してくるはずなので、
年明けに再度検査をしてみて、さらに縮小していれば、
日帰りでお腹を開けない方法(子宮保存手術)で、
手術をする方向で考えていきましょうということになりました。

一つ目の病院で言われた、子宮内膜症については、
血液検査の結果からみても、ごくわずかな数値であるので、
よって、子宮内膜症については、考えなくてもいいと思いますということでした。

とんでもない言い方で子宮内膜症じゃないかと言い放った、
一つ目の病院のドクハラ医師は、相当腕の悪い医師ということになりますね。

そして、翌年の1999年3月初旬の内診で、筋腫の大きさが、
日帰り手術が可能な大きさになってきたということで、
筋腫を核出術(膣式)という開腹しない方法で摘出することに決まりました。


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2007.09.18 Tue l 子宮筋腫 l コメント (0) トラックバック (0) l top
1998年9月中旬、ふたつめの、総合病院にある産婦人科に行きました。
しかも音函が診察を希望している某先生を指名しての新患だと、
遅くまで待つようになるかもしれないということだったので、
覚悟を決めてただひたすら順番が来るのを待ちました。

その間、産婦人科受付で問診票に今までの経緯を正直に記入しました。
もちろん、一つ目の病院で受けた診察方法・医師の言葉・
肉体的&精神的ダメージなども記入しました。

音函が指名して待っている先生の診察室には、
確かに年配の方々が多く出入りしていました。
そして、新患受付をしてから7時間後の午後4時に呼ばれました。

あれだけの人数を朝からずっとひっきりなしに診ている先生のことだから、
問診票などには目を通していないだろうなと思って入っていったら、
開口一番、
 「大変お待たせしました。
  初めての婦人科診察だったのに、大変な思いをされてしまったようですね。」
という言葉が!

時間が無いであろう中で、紹介状もなく、他の病院にかかっていた患者の問診表に、
ちゃんと目を通してくれていると思ったら、
一気に信頼度がマックスに達してしまいました。

そして、半分涙目になりながらも、
 ・一つ目の病院には一回しか行っていない
 ・がん検診のための細胞診の結果は聞けてない
 ・内膜症かもしれないと言われた
 ・妊娠すれば治ると言われた
 ・とにかく内診中、異常に痛かった
 ・現在ある腹痛などの症状
などなどを説明しました。

先生曰く、
「いやあ、それにしても、大変な思いをしちゃいましたね。
 あの病院(一つ目の病院のこと)に、このような先生がいるとは驚きました。
 とにかく、安心して、まかせてください。丁寧に内診させていただきます。」
   
    
そしていよいよ、あの恐怖の内診がまだ全然脳裏から離れていない音函は、
2007.09.18 Tue l 子宮筋腫 l コメント (0) トラックバック (0) l top
1998年9月に入って、いよいよ本格的にどこの病院に行こうか探し始めました。
親・同僚・友人といろいろ検討して、無痛分娩で有名な産婦人科がある、
某総合病院に決めました。

9月初旬、新患で、初めての産婦人科へ行きました。
4時間ほど待って数名いる医師のうちの一人である、
Aという男性医師の診察室前にある、中待合に案内されました。
妊婦さん達が数名待っていて、診察室の中からは、経過は順調ですよみたいな、
やさしそうな医師の声が聞こえてきたので、少し安心したりしました。

順番がまわってきて、生理痛の時の異常なお腹の痛みがあることを伝え、
いよいよ内診となりました。

しかし、何か内部に遮断するものがあるらしく、
子宮体部(子宮のいちばん奥)の細胞を採れる場所まで辿りつけないらしく、
医師は断念した様子でした。
そのあと、エコーで診て終了となりました。

あまりの痛みで、過換気症候群寸前の症状になってしまい、
看護師さんがカーテンの向こうで名前を呼ぶのですが声もだせず、
異常に気づいた看護師さんが手伝ってくれて、結局、
車椅子で処置室のベッドまで運ばれて、落ち着くまで横になって、
痛みや手のしびれが落ち着いたところで、再び医師のいる診察室へ戻りました。

そして、医師は、とんでもない治療方法を、吐き捨てるように言うのでした!

医師:「細胞診と血液検査の結果が出ないと
    ハッキリしたことは言えないけど、エコーを見た限りでは、
    卵巣はなんでもなさそうです。
    おそらく、子宮内膜症じゃないかなと思います。
    まあ、あなたぐらいの年齢で、未婚で、妊娠経験が無い、
    あんた(”あんた”と、ハッキリ聞こえました)みたいな人は、
2007.09.18 Tue l 子宮筋腫 l コメント (0) トラックバック (0) l top